Maysicoが綴り続けるブログ「今夜も力うどん」新聞を隅々まで、の朝

1984年3月に上京して以来35年間、新聞購読をやめたことは一度もない。
たいして世の中のことを知っているわけでもないし、思慮深くもないし、頭も良くないので、せめて新聞を読んで少しはマシな人間になりたいと思っている。
とはいえ、これだけネット社会になると自分の時間のとてもたくさんの時間を、メール、SNS、ネット閲覧に使っていて落ち着かない。
伴って、取っている新聞も斜め読みで終わることが多くなった。

しばらく前から、朝刊の配達時間がかなり遅くなった。
長い年月の中では、数回の配り忘れも経験したため、先日一度販売店に電話をした。
そうしたら、販売店の廃業が続き、この店舗だけで以前の3倍の広さのエリアを担当されていることを知った。
「ああ、もう少し待てばよかった」と反省の気持ちだけ。
案の定、直後に到着した配達員さんが玄関先で平謝り。
全然悪くないのに。電話などしたわたしが悪いのに。
お願い、謝らないで。これからも頑張って!

この時代、本も新聞も音楽も、、お金を出して有形のものを手に入れることは遠のくばかり。
面白いもの、良いものを作ってもそれが売れる時代でもない。
これだけ手軽に情報を得ることができる時代に、こうしましょうよ!というのは難しいのだろう。

新聞は素晴らしい。
好きなことも嫌いなことも、興味のあることもないことも、得意なことも苦手なことも知ることができる。
時系列で物事の推移をつかめるし、硬軟いろいろ。
自分の好みと興味の範疇を超えて、物事を見れること。
この点が新聞は優れている。もちろんデジタルでも構わないと思う。
私は、紙をめくり読んでいくのが好きなだけ。本もそう。

今日はレッスンが始まる前、早めに着いたレッスン室で、コーヒーと朝ごはんを持ち込み、久々に隅々まで誌面に目を通す時間を持てた。
世の中はテクノロジーが進歩し、便利になった。
新しい決まりごとがたくさんでき、なんだか慌しい。
でも、人びとは幸せなのだろうか?
ほんとうの意味で豊かな世の中になりうるのだろうか。
充実した日曜版を閉じたら、生徒さんがやってきた。

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